映画のなかの「出会い系サイト」〜『悪人』


以前の更新分である<「出会い系サイト」の土壌>のなかで、「ネット上での恋愛」という形態の恋愛が映画やドラマによって一般にも広まるきっかけとなったことを記述した。

それは例えば、メールによって恋愛のきっかけが始まり、始めは互いの正体がわからないけれど、実は現実世界でも会ったことのある人だった、みたいなシナリオだったりする。
前回紹介した『ユー・ガット・メール』なんかは、メグ・ライアンがネット上で知り合って、恋している相手(トム・ハンクス)が実は商売敵だったという設定だ。

結局はハリウッドらしくハッピーエンドになるんですけども(原作はどうやらバッドエンドらしいが…)。

今回紹介するのは、少し前にメディアでもけっこう話題になった、妻夫木聡さんと深津絵里さん主演の邦画『悪人』
昼間に鑑賞したのだけれど、気分がズーンとなった。
映画としてはなかなかに良く出来ていたし、俳優も申し分なかったと思う。
ただ、吉田修一さんの原作小説を読んでいないため、キャスティングがどうだったのかとかはよくわからないけれども。
…なんかエラそうだな。

この映画は「出会い系サイト」がメインというわけではないけれど、描かれ方が前述したものとは違ったものになっている。
すなわち、問題を孕んだもの、或は無条件に悪であるものとしての「出会い系サイト」というイメージも込みで描いている。
もちろん、これまで見てきたように「出会い系サイト」のなかには優良なサイト、真面目な人が集まっているサイトも存在する。
だが、「出会い系サイト」関係の凶悪事件も多く発生した昨今では、世間一般のイメージとしては、「出会い系サイト」=“悪いもの”という図式が定着していると言える。

劇中では、妻夫木演じる主人公・清水祐一が、「出会い系サイト」で知り合った満島ひかり演じるOL・石橋佳乃を殺してしまい、同じく「出会い系サイト」で知り合った深津絵里演じる馬込光代にそのことを告げて苦しむ。
祐一と光代は「出会い系サイト」を通して「本気で出会いたかった」人であり、佳乃は「セックス目的」であったというように描かれている(少々単純な分け方だけれど)。
祐一が佳乃を殺してしまった後で、メディアがそのことを報道する様子は、現実世界のワイドショーでも見慣れた光景だ。
すなわち、「出会い系サイト」=悪しきものという単純な図式。

「出会い系サイト」関連の事件が起きた際のメディアをはじめとする色々なところでの言説は、その利用者と「孤独」という言葉を結びつけて論じる。
もちろんその孤独を埋めるために「出会いたい」からこそ「出会い系サイト」を利用するのだろうけれど、あまりにもその部分にフォーカスし過ぎている気がしてならない。

終盤、柄本明演じる殺された佳乃の父・石橋佳男の「あんた、大切な人はいると?」というセリフが印象的であった。